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京都地方裁判所 昭和36年(ワ)906号 判決 1966年5月06日

原告 中野武雄

右訴訟代理人弁護士 山村治郎吉

右訴訟復代理人弁護士 白石満平

被告 白藤佐太郎

右訴訟代理人弁護士 高田糺

右同 山口友吉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し別紙目録記載の土地につき所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因等として次のとおり述べた。

「一、原告は昭和二七年八月一二日被告から当時京都市伏見区桃山島津町四七番地、畑六反三畝二〇歩の一部であった別紙目録記載の土地(但し、当時地目は畑、以下本件土地と言う)を代金三〇万円、但し本件土地の分筆登記並びに地目を宅地に変更し、その所有権移転が可能となったときに売買の効力が生ずる旨の条件付売買契約を締結した。

二、原告は被告に対し即日右代金を支払って本件土地の引渡を受け、その後原告において宅地として占有使用しているものであるが、本件土地は、その後前示畑六反三畝二〇歩から同所四七番地の五畑二反八畝九歩と、同所四七番地の一五畑二四歩とに分筆登記された上、右四七番地の五畑二反八畝九歩は昭和三五年一月一〇日に宅地八四九坪と地目変更登記がなされ、四七番地の一五畑二四歩も昭和三四年一二月二日に公衆用道路二四歩と地目変更登記がなされた。

三、右の様に、原、被告間の本件売買契約は地目変更登記がなされたことによって条件成就し、本件土地の所有権は原告に移転しているにも拘らず、被告は地価が昂騰したためか口実をもうけて所有権移転登記手続をしないので、原告は被告に対し本件土地につき所有権移転登記手続をなすことを求める。

四、被告主張三、四の事実は争う。

(1)  本件土地が自作農創設特別措置法(以下自創法と言う)によって被告に売渡された土地で、一定期間その処分が禁じられていた上、原告が非農家であって農地の侭で本件土地所有権を譲受けることができなかったことから、原、被告間で、本件売買契約を将来本件土地の地目を非農地とし、原告に所有権を移転することが可能となったときに売買の効力が生ずる約束でなされた停止条件付契約であるから、被告の三の(1)の主張はあたらない。

(2)  本件土地の所有権の移転について知事の許可を得ていないことは被告主張のとおりであるが、農地所有権移転についての知事の許可は、法律行為成立の要件ではなく、効力発生の要件に過ぎないから、右許可を得ていなくても原告と被告との間でなされた売買契約が当然無効となるものではない。

(3)  又、売買契約等農地の所有権移転を目的とする行為の成立当時に農地であったものが、その後農地でなくなったときは、知事の許可を得なくとも右売買契約等の効力が生ずるものである。農地を農地以外のものに転用する為には知事の許可を要するけれども、その土地が、農地であるか否かはその土地の現況によって定められ、たとえ知事の許可を得ることなく農地を潰廃して農地以外のものに転用した場合であっても農地たる性質を失うことに変りはないものである。

そして、土地台帳、不動産登記簿における不動産の表示に関する登記も、不動産の現況を客観的に忠実に記載されるもので、たとえ違法な転用であっても農地たる性質を失っていれば、登記面の表示を現況に一致せしむべき変更登記申請義務が所有者にあり、申請がなくとも登記官吏は職権で変更登記すべきものとされているものである。従って、現になされた地目変更登記が土地の現況に一致している以上、その原因を問わず右登記は有効とされる。(最高裁判所昭和三七年九月一三日判決、民集一六巻九号一九一八頁)従って、仮りに本件土地の売買契約に基く所有権の移転に知事の許可が必要であったとしても、本件土地が現に宅地と化し農地という性質を失った以上、その所有権の移転について農地法等の制約はなく、本件売買契約は有効にその効力を生じ、原告が本件土地の所有権を取得したものである。(東京高等裁判所昭和三九年九月二九日判決、下民集一五巻九号二三七〇頁)

従って、被告の右主張はすべて理由がない。

五、仮に、本件売買契約が無効であるとしても、被告は右行為の無効であることを知りながら本件売買契約を締結したものであるから、自ら右無効を主張することは信義則に反する。」

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁並びに抗弁として次のとおり述べた。

「一、原告主張一ないし三の事実中、被告が昭和二七年八月一二日原告に対し本件土地を代金三〇万円で売渡す旨の売買契約を締結し、同日右代金の支払を受けたこと、その後原告が本件土地を宅地として占有使用していることは認める。

二、ところで、右売買契約は原告主張のような停止条件付契約ではない。単に地目変更、分割登記を経て原告に所有権移転登記が可能となったときにその登記手続をすると言うに止まり、売買の効力発生が右のような条件にかかるものではない。

三、しかしながら、右売買契約は無効である。即ち

(1)  本件土地は元国有地であったが、昭和二四年八月一日自創法第四一条第二項により被告が売渡を受けたもので、売渡を受けた後八年間は所有権の移転等その処分を禁止されていたものである。

従って、右処分禁止期間内になされた本件土地の売買契約は無効である。

(2)  本件土地は農地であるから、農地調整法によりその所有権の移転については知事の許可を必要とする。

しかるに、本件売買契約は右知事の許可を受けずになされたものであるので無効である。

四、仮に右主張が認められないとしても、農地調整法により、農地の使用目的の変更、農地の潰廃については知事の許可を必要とする。

しかるに、原告においては、知事の許可を受けることなく、無断で本件土地を庭園に改造してしまったものである上、被告名義の委任状を勝手に作成して本件土地を宅地とする地目変更登記手続をしたものであるから、かかる方法によってなされた地目変更登記は無効であり、従って、未だ所有権移転の効力は生じない。」

証拠≪省略≫

理由

一、原告が昭和二七年八月一二日被告から当時農地であった本件土地を代金三〇万円で買受ける旨の売買契約を締結したことは当事者間に争いがない。

二、被告は、本件売買契約が本件土地の処分禁止期間内になされたものであるから無効であると主張する。

被告の右主張は、農地法第七三条第一項、同法施行法第一二条に拠るものと思われるけれども、右農地法、同法施行法は本件売買契約後である昭和二七年一〇月二一日から施行されたものであるので本件には同法の適用はなく、当時施行されていた農地調整法によれば農地所有権移転には知事の許可を必要とし、右許可を受けずになした行為はその効力を生じないとしているに過ぎないので、右農地法、同法施行法の適用あることを前提とする被告の右主張はその余の点に触れるまでもなく失当である。

三、原告は、本件売買契約が、本件土地につき分筆登記並びに地目を宅地と変更登記し所有権移転登記が可能となることを停止条件とするもので、その所有権の移転につき知事の許可を必要としない売買契約であるかの如く主張する。

しかしながら、本件土地の売買契約当時施行されていた農地調整法第四条第一項第五項第六項によれば、自創法第四一条第二項によって売渡された農地についても、その所有権移転について「知事の許可を受けなければならず、右許可を受けずになした行為はその効力を生じないもの」と定められていた。

この農地所有権移転についての知事の許可は、農地所有権移転の行為が効力を発生する為に必要なものとして法律によって定められた一つの要件(効力発生要件)であり、法定条件と解せられるものである。

従って、農地所有権移転についての知事の許可の要否は当事者間において任意に定め得るものではない。

本件売買契約が農地についてなされたものである以上、たとえ当事者間において原告主張のような任意に定め得る条件を付しても、なおその所有権の移転には知事の許可を必要とし、この許可のない以上所有権移転の効力を生じないものと言わねばならない。

四、次に、被告は本件売買契約が知事の許可を受けずになされたものであるから無効であると主張する。

本件売買契約に基く本件土地所有権の移転について、知事の許可を得ていないことは当事者間に争いがないが、農地所有権移転についての知事の許可は、前述のとおり「農地所有権を移転する行為」が成立するための要件(成立要件)ではなく、効力発生要件であって、この許可のない以上所有権移転の効力を生じないもの、とされるに過ぎないから、右許可を受けずになした売買契約であっても、これのみをもって直ちに右売買契約を無効ということはできない。

従って、この点の被告の主張も理由がなく失当と言わねばならない。

五、次に、原告は、農地の売買が知事の許可を受けずになされたとしても、その後農地が潰廃されて宅地となった場合は、その潰廃の原因如何にかかわらずその土地は農地たる性質を失い、農地調整法等の適用はなくなるものであり、本件土地はその後宅地となり地目変更登記もなされて非農地となっているので、その所有権移転についての法定の制限はなくなり、売買の効力が生じている、と主張する。

本件土地が現在宅地となっていることは当事者間に争いがないが、≪証拠省略≫を綜合すると、原告は被告から本件土地を宅地として使用する目的で買受けたが、本件土地が自創法によって被告に売渡された土地で、売渡後八年間は被告において売買等その所有権の移転は勿論、宅地に転用することも許されないと言われていた上、原告が非農家で農地の侭での所有権の取得が認められないばかりか、農地以外の目的に供する為の所有権取得も許されない事情にあったことから、原被告間では、本件土地を宅地化し、地目を宅地と変更して所有権移転が可能となったときに原告に対し所有権移転登記する、との約束で本件売買契約を締結したものであること、そして、原告はその後間もなく被告から本件土地の引渡しを受けた上、原告において昭和二九年頃から土盛をし、庭木を植え、石垣を築く等して原告所有家屋の敷地の一部として宅地化してしまったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、当該土地が農地調整法にいう農地に該当するかどうかは、原則として、その土地の事実状態によって決定され、土地台帳等の地目とは関係なく、現に耕作の用に供されている土地を農地と解すること、従って、現に耕作の用に供されていない土地は、たとえ土地台帳等の地目が農地とされていても、農地と解し得ないことは農地調整法の規定に照らして明らかである。

そして、同法六条に違反し、知事の許可を受けずに農地を潰廃して宅地としても、右違反行為が同法第一七条の四の適用を受けるに止まり、農地が潰廃されて宅地となった事実について有効、無効を論ずる余地はなく、その結果、当該土地が同法にいう農地に該当しないと解されるに至った場合には、その所有権移転についての知事の許可は不必要となること、即ち、知事の許可を条件とする売買契約が、農地の非農地化によって無条件の売買契約に転換すると解すべきことは、原告主張のとおりである。

しかしながら、前示認定の如く、本件のような場合、即ち、原告が非農家で農地の侭での所有権取得が許されず、宅地転用も許されない事情であったことから、本件土地を事実上宅地とし、農地調整法の適用を受けない土地とした上でその所有権を移転しようと図ったものと認められるばかりでなく、本件土地の宅地化も、同法第六条の農地の所有者、永小作人、賃借人等本件土地につき耕作権原を有する者によってなされたものでなく、単に、売買契約上の買受人に過ぎず、本件土地につき何等の権原を有しない原告が、売買の効力発生前にその引渡を受けた上、自ら不法に潰廃して農地調整法の適用を免れるような事実状態を作出した場合、即ち、農地の買受人として、その違法な事実状態によって法律上利益を受ける者が、その利益を受ける為に、自らその違法な事実状態を作出したような場合には、たとえ農地が潰廃されて現に宅地として使用されていても、農地調整法の精神に照らし、右土地は未だ同法にいう農地に該当するものと解するのが相当であり、その所有権の移転についてなお同法第四条の適用を免れ得ないものと解する。

このことは現行農地法の適用についてもその解釈を異にするものではない。

本件土地の土地台帳等の地目の記載が非農地となっていることは当事者間に争いがないが、右解釈は地目の表示の如何によって左右されるものでもない。

従って、本件土地についての売買は、その所有権の移転について知事の許可のない以上その効力を生ぜず、原告は未だ本件土地の所有権を取得するに至っていないものと認めざるを得ない。

原告引用の東京高等裁判所昭和三九年九月二九日判決(下民集一五巻九号二三七〇頁)の見解は、原則的には是認し得るが、本件の如き場合に迄及ぼし得るものとは解し難い。

又、引用の最高裁判所昭和三七年九月一三日判決(民集一六巻九号一九一八頁)の判例は、単に地目変更登記手続の当否に関するものであるので、前示認定に影響を及ぼすものでもない。

六、次に原告は、被告が、本件土地の所有権移転につき知事の許可を得ていないことを理由にその所有権移転の効力を争うことは信義則に反する、と主張する。

被告の主張が信義則に反し、その結果、被告が原告に対し本件土地の返還を求め得ないことがあるにしても、これをもって直ちに本件売買につき知事の許可があったものと擬制し、その所有権移転の効力を認めることはできないので、原告の右主張はその余の点に触れるまでもなく失当であるので採用しない。

七、以上認定のとおり、原告の本件土地についての所有権の取得が認められない以上、被告に対し無条件の所有権移転登記手続を求める原告の本訴請求は、その余の点に触れるまでもなく失当であるので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田恒良)

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